BLOG一覧から検索する

息子がやってきた

2008/12/25 [21:53]

青い玄界灘を右手に見やりながら西に進み、佐賀県に入ります。


♪SAGAさがー
はなわが歌った通り、小さくて、有名な観光地が無い佐賀県には地味な印象があります。
しかし僕には佐賀県に行くべき場所がありました。


伊万里。
ここは僕が生まれる前に両親が数年間暮らしていた町で、兄が生まれた町であります。
「父と母の原点」だそうで、母からの指令で行くことになり、
町の写真をさんざん撮ってから、当時となりに住んでいた小林さんのお宅を訪問しました。


30年間、年賀状のやり取りだけが続いていた重成家からやってきた息子を、
小林さん夫婦は優しく迎えてくれ、
そしてありがたいことに泊めて下さいました。


ここは、伊万里の「名村造船」に勤める社員と家族が住む団地なので、
小林さんと父は元同僚であり、
奥さんと母も隣同士親しくしていたらしく、
自分が生まれる前の我が家族の昔話を、不思議な気持ちで、色々と聞かせてもらいました。
姉のひとつ年下で、当時よく一緒に遊んでいたという娘さんと(ただし本人たちは憶えていない)、5年生の孫くんも、
この珍客を面白がってくれ、
夕食はとても楽しい時間でした。


小林さんは実は日本画家としても活躍されていて、
自宅内のアトリエにて、
画業のウラ話も語ってもらい、たいへん勉強になりました。
当時の父と今の僕は同じくらいの歳で、
顔もそっくりだし、
僕が目の前に居ることは、夫婦にとって、
過去から人が来たような?
変な気がするみたいです。
30年前ここで交錯して、父の転職でその後離れてしまった小林家と重成家の古い交わりを、
何となく一生懸命あたためました。


翌日には、小林さんに造船所を案内してもらい、
遠くから眺めて終わりのはずだった名村造船所を、
真近で、詳細な解説付きで堪能させて頂きました。
そして別れ際、奥さんがすこし涙ぐんでいたのは、
僕との別れがどうこうというより、
もっと深い、何か、「過ぎた時間は戻らない」という言葉が持つ哀しみ?みたいな
が、理由だったように思えます。
想像しかできません、30年という月日の重み。




コメントはこちらから↓
お名前
コメント