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   <title>しゃぶさん自転車で日本縦断の旅【PROOF OF ASSHOLES】</title>
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   <updated>2009-02-17T16:14:09Z</updated>
   <subtitle>ある一人の男が、自転車一台で日本縦断の旅にでることを決意した。
そんな尊敬に値する男に、みなさんからのあたたかいメッセージを！</subtitle>
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   <title>PROOF OF ASSHOLES</title>
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   <published>2009-02-17T16:13:54Z</published>
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   <summary>「ありがとーうぃ！！！」 青空の下、一面のさとうきび畑を抜けた先の喜屋武岬に、 ...</summary>
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      <![CDATA[<div class="caption">「ありがとーうぃ！！！」


青空の下、一面のさとうきび畑を抜けた先の喜屋武岬に、
感慨無量で、もはや意味不明な気持ちのラストスパートで息を切らして僕がたどり着くと、
「来た！」「来た！」「来た！」「来た！」
４つの小声とともに４つの黒い影が慌ただしく動き、
ゴールテープが引かれました。
イナヴァ、キャプテン、マスター、レフティの４人でした。


このフィニッシュラインを作る為だけに大阪から一泊二日でやってきたこの会社員たちを、
僕は本当にアホだと思います。
自転車で日本を縦断するのと同程度にアホだと思います。


マスターが付けてくれた、この旅の素晴らしい題名
「PROOF OF ASSHOLES」、
＝「愚か者の証明」
しかし最後の最後で、
バカ集団のバカ集団たる所以を証明したのは、
僕ではなく、愛するバカ集団の仲間たちでした。
ああ、僕はその事実に、泣きます。


思えば、何もかも人に支えられての旅でした。
重いペダルを軽くするのが人ならば、
孤独に渇いた心に水を与えるのも人でした。
支援してくれた仲間と家族と、
道中に出会った全ての人と、
これを見ている全ての人に、
死ぬほど感謝しています。
いっしょくたにして実に申し訳ないですが(笑)、


皆さん、本当にありがとうございました！！！


…
僕は自転車日本縦断を達成しました。
主要なデータを報告してブログを終えます。


日数…５６６日
２００７年７月１日〜２００９年１月１７日


通過した都道府県…４５


パンクした回数…約３０回


職務質問を受けた回数…０回！


入ったコンビニの数…１０００軒以上


訪れた陸繋島…約２０箇所


訪れた棚田百選選出の棚田…約２０箇所


総走行距離…１８,１０４KM


…


……さあ、


どこまでいくのか。</div>
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   <title>１５番目の月</title>
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   <published>2009-02-14T14:36:35Z</published>
   <updated>2009-02-14T14:36:43Z</updated>
   
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      <![CDATA[<div class="caption">大学時代、ある時期からほとんど授業に出なくなった僕は、内心の有り余るエネルギーを全てヨットに傾けた。


丸３年取り組んできた競技。そして「引退」前の最後の大会が３月の中頃にある。
三回生から四回生に上がる時期だから、就職活動も始まっている。
僕には就職活動など無かったからいいが、仲間は大変だったはずだ。
日に日に説明会だか面接だかの予定が増えていくのに、週５や週６で練習が組まれ、
凍てつく寒さの２月の琵琶湖で、体を濡らして繰り返す苦行のような練習。
陸に揚がれば、部室で、暗くなるまで、いや暗くなっても、ミーティングが延々つづく。
僕は、就職活動組の倍は頑張ってクラブに貢献せねば、などと思って張り切っていた。
３月の大会そのものも良い思い出として残っているが、
僕には、仲間と駆け抜けたこの２月の日々の高揚感が絶対に忘れられない。


「祭りのあとの静けさが好き」と誰かが言っていた。
しかし繊細さに欠ける僕は、間違いなく、祭りの直前の昂ぶりこそが好きだ。
未知の領域へ、階段を一段一段駆け上がっていくような、
燃えるような思いのなかに生を実感する。
例えばオリンピックに出る人を僕が心から羨ましいと思うのは、
大会期間中に浴びるスポットライトではなく、結果としてのメダルとかでもなく、
何年も前からその試合に照準を合わせて、競技に没頭してきたはずの、彼らの日々にある。
選びに選ばれた者しか加われない祭りの、直前を駆ける高揚感…。
どれだけの興奮に支配されながら毎日をデザインするのだろう…。


ひどい口下手で無口な為にクールなどと言われることがあり、
自分でもそうなのだと愚かにも長く勘違いしていた僕だったが、
ヨットを通して、自分の中のこんな性質に気付いた。
クールなんてとんでもない、熱くなりたい性分なのだった。


あの２月、京都市内と琵琶湖を往復する毎日の車の中で、いつも「松任谷由実トリビュートアルバム」を聴いていた。
気分が高揚しているときほど音楽は身にしみるもので、
名曲ぞろいの素晴らしいアルバムに思えた。
鬼束ちひろが歌う「守ってあげたい」
原田知世の「CHINESE SOUP」
クレイジーケンバンドの「COBALT HOUR」
椎名林檎の「翳りゆく部屋」
…
そしてとりわけ僕の心に迫ったのは、
スピッツの「１４番目の月」だ。


♪あなたの気持ちが読みきれないもどかしさ
　だから　ときめくの
　愛の告白をしたら最後　そのとたん
　終わりが　見える
　Ah　その先は言わないで
　つぎの夜から　欠ける満月より
　１４番目の月が　いちばん好き
　１４番目の月が　いちばん好き


この恋愛観が共感を呼ぶかは別として、「１４番目の月」の比喩が見事としかいいようがない。
そして、アルバムが一周してこの曲のイントロが流れる度に、
これが、この毎日が、オレにとって１４番目の月だ、と意識して、青臭くもめらめらと心を燃やすのだ。


一緒にアルバムを聞いていた者も含めて、仲間がみんな就職や進学をし、
新しい目標に向かって旅立っていくなか、
僕は、「燃え尽き症候群」ではないが、結果的に、
目標の無い生活に何年も身を置くことになった。
とにかく死なずにいればいつか何とかなる、ただそう信じるだけの暗闇の日々だった。


自分なりの「深夜特急」を描いてみようか。
そう思い始めたのは、いつごろだったろうか、もはや定かでないが、
ある意味必然的だったのかもしれない。
高校生の頃はじめて読んで抱いた「オレもいつかは」の気持ちを、ちょっと本気で掘り起こしてみようと思った。
日本でいい。その代わり自転車で。
そのアイデアが浮かんだ辺りで、気持ちは固まって、準備は加速していったのだった。


…
米軍嘉手納基地も程近い、沖縄県うるま市は具志川野外レクリエーションセンター。
喜屋武岬まで７０キロ弱の距離にある、ここが、最後のキャンプ場所になった。
最後の夕食は、「豚と牡蠣とほうれん草の味噌キムチ鍋」。
隠岐で知り、長崎で買い足したあご(トビウオ)で出汁を取り、甘めの白味噌にキムチの切れ味を足して、
食材も奮発して丁寧に料理した鍋は、最高に美味しかった。
明日着る服も決め、今日できる全部の作業を終えて寝袋に入ったものの、
まだ時間が早いからか、明日のゴールに前夜から緊張しているのか、
意識は冴えるばかりなので、テントを出て散歩することにした。


いま、僕が見上げる空に、月はある。
今夜は満月、既に１５番目の月が、
太陽のように僕のテントや自転車を照らして、
何をするのにも、どこに向かうにしろ、もうライトも要らないくらいである。
</div>
<div class="photo"></div>]]>
      
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   <title>パンク修理もこれで最後だ</title>
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   <published>2009-02-09T17:24:34Z</published>
   <updated>2009-02-09T17:24:41Z</updated>
   
   <summary>いよいよだ、沖縄県。 奇しくも２度目の乗船となったフェリー「なみのうえ」が、 緑...</summary>
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      <![CDATA[<div class="caption">いよいよだ、沖縄県。


奇しくも２度目の乗船となったフェリー「なみのうえ」が、
緑豊かな瀬底島をぐるりと回って、沖縄本島北部の本部港に入港しました。
その日ははもう夜だったので、港近くのバス停で浅く眠って夜明けを待ち、
まずは最北端の辺戸岬へ向かって走ります。


高い空、青くて白い海の色。亜熱帯らしい樹木草花の様態。石の家に石の瓦。
そして色んなシーサーが、家々の門扉の上で、ある者は勇ましく、ある者は可愛らしく、構えています。
僕に沖縄に来た確かな実感をもたらしたのは、そんなシーサーたちでした。


北へ行けば行くほど集落は小さくなっていき、人影も減っていきます。
最北端の辺戸岬だけはそれでも割と賑わっていましたが、
駐車場の車は、見たところ全て、レンタカーの「わ」ナンバーでした。
よく晴れて、気分も爽快、遠くに、鹿児島県の南端の与論島もばっちり見えました。
そういえば、西村京太郎のミステリーで、沖縄の手漕ぎの小舟「サバニ」に乗ってここから与論島に逃亡した殺人犯がいたなあ。
彼は今どうしてるだろうか。。。


特別天然記念物ヤンバルクイナを右に左に捜しながら、
その後はヤンバル(本島北部山林地帯)を走ります。
何しろ栗原のホームランボールも掴んでしまった、これはミラクルジャーニーですから、
本気で、ヤンバルクイナの赤色が目に飛び込む瞬間を心待ちにしました。
でも欲を出すと駄目なのですね。
ヤンバルクイナの絵が載った、野生動物飛び出し注意の標識がさんざんあるので、
否応なしに期待だけは高まっていきますが、ついに現れませんでした。
しかし代わりに、早くも開花した桜を見つけたので、(写真)
仕方ない、これでよしとしよう。


…
潮風を吸い、波音を聴きながら気分よく高速走行していた夕刻、
大宜味村の小集落で、
日が暮れるまでに名護に着きたかったのに、
折悪しく後輪がパンクしました。


毎回、パンクした瞬間は、アンラッキーに舌打ちしますが、
しかし僕はパンク修理の作業そのものは、いつの間にか嫌いではなくなっていました。
辺りを見回して、一番よさげな場所に自転車を倒し、
座り込んで、必要なものを全部広げて、その場で直します。


何でもない道で地べたに座り込むと、視線が犬の目の高さになって、
快いような、冴えたような、変な気持ちにだんだんなっていきます。
ふと、なぜオレはこんな見知らぬところで座っているのだ？と、
状況が面白おかしく思えてもきます。
すると今まで囚われていたものから解放されるような、
その日の目的地などもうどうでもいい、
名護に着かなくても、そこのバス停でもどこででもオレは寝れる、
行かなければならない場所など無いではないか、
という気になる。
「自由」の最も甘い部分、
最も人をワクワクとさせる部分の、肌ざわりが、
そんな時しかと掴めるのです。


自由と戯れ、自由とたたかう旅になる、と出発のときに言いました。
「この旅じたいが、長い長いパンク修理だったのではあるまいか…」
こんな言葉が頭に浮かび、
僕は、もうすんなりとこの旅を終わらせることが出来るということを、確信しました。


刻々と辺りが暗くなっていくなか、
降りだした弱い雨に打たれながら作業する僕の姿がよっぽど悲壮だったのか、
それとも沖縄の人がとくに優しいのか、
「パンクしたのか、大丈夫か？」
「大変ねえ。幾つ？」
「(車の)ライトで照らしててやろうか」
などと何人もの地元の方々が声をかけてくれました。
いい旅でした！皆さんのおかげです！
返答にならぬ返答を胸のなかで響かせて、僕は苦笑しました。</div>
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   <title>大島紬の奇跡</title>
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   <published>2009-02-06T14:59:12Z</published>
   <updated>2009-02-06T14:59:19Z</updated>
   
   <summary>大島紬(おおしまつむぎ)は奄美大島の伝統工芸品です。 こちらに来るまで、まったく...</summary>
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      <![CDATA[<div class="caption">大島紬(おおしまつむぎ)は奄美大島の伝統工芸品です。


こちらに来るまで、まったくその存在も知りませんでしたが、
島を旅しながら、目で見て耳で聞いて、この絹織物が次第に気になっていきました。
なので、いよいよ沖縄行きのフェリーに乗り込むため中心市街地の名瀬に帰ってきて、
僕は奄美の最終日を、大島紬を扱うお店巡りをして過ごすことにしました。


大島紬は、江戸時代初期から織られ、高い技術とその美しさから、和服の素材として最高の地位を誇ってきたといいます。
原料は絹１００％、染料には島に自生する草木と泥(！)を使い、
気の遠くなる何百の工程を経て、機械では出すことができない独特の風合いを持つ絹織物を、
島の職人さんがすべて手作業で作っています。
(写真は反物の切れ端を用いて作った眼鏡ケース。細かい図柄に、渋い色味がいいです。)


深い色調は、西洋の鮮やかなドレスとは対極にあるかのよう。
このじんわりと深くしみ渡るような色や質感…艶やかです。
見れば見るほど、日本の女は美しい。
高くて到底手が出せない大島紬の着物を見て回りながら、
僕はそれを作り、それを着てきた
奄美の、日本の、美しい女性たちを脳裏に描いて、
感心しながら、追い掛けました。</div>
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   <title>ホノホシの旋律</title>
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   <published>2009-02-05T14:56:56Z</published>
   <updated>2009-02-05T14:57:06Z</updated>
   
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      <![CDATA[<div class="caption">ほとんど集落もまばらな奄美大島の南東端に位置する、ある浦に「ホノホシ海岸」はありました。


名前の奇妙さもさることながら、
砂浜っぽい雰囲気なのに一面に敷き詰められたのが砂でなく、丸い石の数々で、面白いです。(写真)
それは河原の石のよう。でも目の前に広がるのは紛れもなく海なのです。


ざっぱーーーーーっ
シャー…(カラカラカラ…)


波が寄せるときの音は普通の砂浜と同じですが、
返すほうの波は、水の音に加えて、無数の石を巻き込むので、石同士が触れ合って何とも心地よい音を立てます。
生まれてはじめて聞くこの音楽が猛烈に気に入って、
一晩中これを聞いていたくなり、まだ少し日は高かったものの、ここを本日の宿に決めました。


「こんないいとこは日本中さがしてもなかなか無いよ」
そう言って地元のおじさんが胸を張るので、
砂浜キャンプは特に大得意としながら北海道から一年半旅してきたことは何となく伏せつつ、
僕もここを絶賛して、おじさんと仲良く話しました。


食事やテントの設営、荷物の整理云々のルーティンワークをさっさと済まして、
暗くなるのと同時くらいには横になりました。
そしてホノホシの旋律に身を浸し、
たまに外に出ては満月に近い月を仰いで、
これが美しい夜でなくて何であろう！
これが旅の妙味でなくて何であろう！
と、満ち足りた思いを味わいました。


目をつむると音楽はうごきだす。
今こそ言い切ろう、
すべて音楽の原点は、寄せては返す波音にある。</div>
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   <title>加計呂麻島</title>
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   <published>2009-02-04T14:49:22Z</published>
   <updated>2009-02-04T14:49:31Z</updated>
   
   <summary>奄美大島南部の中心地、瀬戸内町古仁屋(こにや)にやってきました。 古仁屋図書館に...</summary>
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      <![CDATA[<div class="caption">奄美大島南部の中心地、瀬戸内町古仁屋(こにや)にやってきました。


古仁屋図書館に、真っ先に向かいます。
というのは、佐賀県の伊万里でお世話になった、日本画家の小林さんの寄贈した絵画がここに飾られていると聞いていたからです。


９７年にフランスの美術展で賞をとったという「晩秋洸」。
稲刈り後の田んぼにたたずむ白サギの絵は、
気品ある美しい絵で、絵画を解さないはずの僕も、見ていて心安らぎました。
何故ここに寄贈されているかというと、
奄美大島瀬戸内町は小林さんの奥さんの出身地だからです。
というわけで、絵を見た後は、
大島海峡を挟んですぐ対岸に浮かぶ加計呂麻島に渡り、
連絡していた、奥さんの甥ごさんの経営する民宿「来々夏(ココナッツ)ハウス」に向かいました。


川のように透明な水の大島海峡を、フェリー「かけろま」は、２０分で結びます。
加計呂麻島、生間港に着き、民宿のある渡連(どれん)の集落に向かう道すがら、
チワワを連れた女性を追い抜く形になり、
目が合ったので挨拶をしました。
「こんにちはー」
「あ、こんにちは！」
こちらは何しろ自転車なので、あっという間に抜いて去っていこうとすると、女性が、


「もうすぐですよー。」


「……！？」
つまり女性は来々夏ハウスの女将さんで、
僕のいでたちから、僕が今日の来客であることを瞬時に気付いてくれたのでした。


玄関の満開のブーゲンビリアに迎えられて到着した来々夏ハウスは、
目の前の渡連ビーチまで何と徒歩５秒！
暖かい奄美とはいえ、さすがにまだ泳ぐことはできませんでしたが、
澄んだ海が見渡せる広々した部屋に泊めて頂き、
ここで釣れた魚料理の食事(地魚の刺身、アジのまるごとの唐揚げ、伊勢エビの味噌汁…)もおいしくて、
笑いが止まりませんでした。
そしてとうとう宿泊代は受け取って頂けませんでした。
恐縮恐縮、感謝感謝です。


「いつか、また来ます！今度は夏に」
まるで社交辞令かのような１２０％本気の台詞が、
翌朝の出発時に口をついて出ました。
生間港に戻る帰り道、日は射しているのに雨が降りだし、
程なくして海峡を渡す半円の虹が現れ、
足を止めて僕はそれに見入りました。</div>
<div class="photo"><img src="http://www.my-experience.net/shigenari/img/blog-photo-1233758960.77-0.jpg" /></div>]]>
      
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   <title>Route ５８　道に魂は宿る</title>
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   <published>2009-02-02T14:58:51Z</published>
   <updated>2009-02-02T14:58:59Z</updated>
   
   <summary>R５８。 満を持して登場する、この旅のラストを彩る主要国道です。 鹿児島市の中心...</summary>
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      <![CDATA[<div class="caption">R５８。
満を持して登場する、この旅のラストを彩る主要国道です。
鹿児島市の中心部をわずかに０・７キロ走っていきなり海を渡り、
種子島を縦断し、海を渡り、
奄美大島を縦断し、海を渡り、
沖縄本島を縦断して那覇市に至る、
海上部分を含めた場合の最長の国道です。
このように、海上部分を含む国道というのは、日本各地に２８本もあって、
旅に出て初めて知りましたが、
実はそう珍しくはないんです。
しかしここまで陸上部分より長い海上部分を持つ国道というのは、さすがにR５８だけでしょう。


ちなみに「国道」のイメージに合わない国道は他にも沢山あります。
青森にあるR３３９は山中に階段部分があるし、(唯一の「階段国道」として観光名所化している)
険しい峠に、歩いてしか通れない部分を含む「登山国道」は、もっとざらにあります。
国道だからといって安心して走っていると、
車が離合できないような狭い険しい道になっていき、
これが国道か！と笑えてくることが、僕にもちょくちょくありました。


ところで、国道は１号から始まって、何号まであるかご存知ですか？


３００？４００？


答えは５０７。
案外多いですよね、しかし欠番があります。
５９から１００は存在しません。
戦後、国道をいちから制定しなおすに当たって、
基本的に県庁所在地同士を結ぶ、主要な国道を「一級国道」として一桁と二桁を付し、
それ以外には「二級国道」として三桁の数字を１０１から付けていった結果、
主要な国道は５７でストップし、５８から１００の欠番が生じたわけです。
(ただしその後の法改正で現在は一級二級の区別は無い)


そして１９７２年、戦後２７年間アメリカ領だった沖縄の返還で、
欠番だった５８が出現しました。
占領下の沖縄の大動脈だった「ハイウェイNo.１」を、


県内だけを走る「三桁国道」でなく、
本土から繋がった「二桁国道」にしたい。


占領を味わった沖縄の人々のこの気持ちが、
地図で見ると若干無理矢理な感じも否めない、この最長の国道を生んだというわけです。


道は人の思いを受けとめます。
毎日走る国道。あの頃、毎日走った国道。
あなたがこよなく愛する国道は、何号ですか？


僕が今回の旅で最後に世話になるこの国道には、
上の経緯から、特に思いが強く籠もっていると勝手に思っています。
それは旅人のかりそめの感傷かもしれません、
しかし一方通行の愛も僕に限っては許されるはず、
だって鹿児島どころか、北海道から道を繋いできたんだから！
</div>
<div class="photo"></div>]]>
      
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   <title>雨やどり</title>
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   <published>2009-01-30T14:07:18Z</published>
   <updated>2009-01-30T14:07:25Z</updated>
   
   <summary>スコールのような突然の雨に遭い、道沿いに見つけた物産店の軒先のテントに慌てて駆け...</summary>
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      <![CDATA[<div class="caption">スコールのような突然の雨に遭い、道沿いに見つけた物産店の軒先のテントに慌てて駆け込むと、奄美美人のお姉さんが「いらっしゃいませ(^O^)」とお店から明るい笑顔で出てきました。


(完全にものを買うつもりが無い客なのだが…)
と曖昧に笑う僕でしたが、次にお姉さんが発した言葉が、
「ぜんざい食べていきませんか？」
だったのには驚きました。


旅の話を聞いてもらいながら、
その日の朝、その物産店であった集会でふるまわれた、その残りだというぜんざいを、有難く頂きます。
茶請けのパパイヤの浅漬けがまた美味しい。
天気の悪い平日の昼間に、一人で店番していて要するにお姉さんは暇だったのだと思いますが、
田舎ならではとも言える、
こうして自然に発揮されるもてなしの心、本当に素敵です。
雨はすぐ止みましたが、道路が多少乾くまで、などと言って、しばらく休ませてもらいました。
お姉さん、ごちそうさまでした、ありがとうございました！


住用町では日本最大級のマングローブ林を一望して(写真)
心も軽く、ある坂道を登り切ると、
「へんなの〓！」
と後ろで幼い声がしました。
振り返るとキックボードに乗った５歳くらいの少年がこちらを見つめていたので、
「写真撮ってあげるからこっちおいで」と呼んでみれば、
地面をキックしてボードに乗ってシャーと追い付いてくる少年。
素直でいいなあ。。。


小さな友達と少し遊んで、
名刺しかあげるものがなかったのでそれをあげてから別れ、
また心を軽くして走ります。


相変わらず雨は降ったり止んだりを繰り返しており、頻繁に雨宿りをするので、距離がなかなか稼げません。
(彼に次に会えるのはいつだろうか…)
旅が終わろうとしている悲しさからか、
こうやってすぐさま襲ってくる感傷を、
まだ早いぞ、と、打ち消そうと努めていると、
…ん？また後ろで声がしました。


走る車の助手席からかわいい頭を出した少年の笑顔がそこにはあり、
袋いっぱいのたんかん(奄美のみかん)の贈り物を手渡してくれました。
「おとうさんのめいしもなかにはいってるから！またきてね、ぜったいだよ！」</div>
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   <title>景色に殴られる</title>
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   <published>2009-01-29T04:38:24Z</published>
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   <summary>この見事な光芒！神さまがなかなか降りてこないのがむしろ不思議だ。。。 大島最北端...</summary>
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      <![CDATA[<div class="caption">この見事な光芒！神さまがなかなか降りてこないのがむしろ不思議だ。。。


大島最北端の笠利崎手前の「用海岸」で砂浜キャンプをした翌朝、
沖に見える美しい隆起サンゴ礁の島、喜界島の島影のとなりに、
写真のとおり、わずかな雲間から海に落ちる光芒がありました。
前日から曇りが続き、ときに雨もぱらつく悪天候に半ばうんざりしていたのに、
これひとつでお釣りがたんまり、来ました。


目に飛び込んだ光景に息を呑むとき。
いい景色があると知っていてそれを見に行く場合とはまた違う、感動があります。
北海道の多和平で見た星空の衝撃…。
隠岐で見た、夜光虫の散らばる、その星空のごとく輝く浜辺…。
瞼の裏に焼き付いています。


　　椰子の実の無名の旅に日は注ぐ気まぐれこそが愛しかろうと</div>
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   <published>2009-01-27T00:13:38Z</published>
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   <title>奄美へ</title>
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   <published>2009-01-26T14:45:03Z</published>
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   <summary>奄美大島、名瀬港に到着してタラップを降りると、一日のうち最も気温が下がる夜明け間...</summary>
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      <![CDATA[<div class="caption">奄美大島、名瀬港に到着してタラップを降りると、一日のうち最も気温が下がる夜明け間際だというのに、あまりの暖かさに笑いました。


寒さとの格闘ともこれで決着か。
と思うとちょっと寂しい気もしましたが、死なずに済んだ安心がやっぱりそれより大きいです。。。


とりあえずは奄美大島最北端の笠利崎を目指して走ります。
名瀬は奄美一の大都会なわけですが、スーパーが２つコンビニが１つ、ファミレスが１つ、映画館が１つ、の落ち着いた街です。
港に沿った位置にある小さな運動公園の中を何となく走っていると、
前方から、かなり本格的なランニングウェアを来た女性がジョギングで近づいてきました。
フォームもいかにも綺麗だし、奄美のランナーはカッコいいなあ。と思ってすれ違いざまにふっと顔をみると、


野口みずきさんでした！


「体調はいかがですか！」と訊ねることも出来ずに、あっという間に離れていってしまいましたが、
(走っているとき話し掛けられても困るでしょうが)
元気に走る野口さんに会えてラッキーでした。


街の人に聞くと、奄美はマラソンや駅伝に力を入れていて、よく合宿なんかがあるんだそうです。
冬でも暖かいし空気もきれいで、山あり海岸ありで道は変化に富み、そして車が少ない。
言われてみれば、ロードのトレーニングにはぴったりの場所ですね。
写真は、「すれ違うふたり」ということで。</div>
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   <title>富岡家の人々</title>
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   <published>2009-01-24T13:19:20Z</published>
   <updated>2009-01-24T13:19:27Z</updated>
   
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      <![CDATA[<div class="caption">夕刻、暮れなずむ桜島に別れの汽笛を告げて、フェリー「なみのうえ」は奄美へ向けて九州島を後にしました。


鹿児島新港を出て１時間、ざわついた船内の空気も落ち着いてきた頃、
携帯電話が鳴りました。
阿蘇くじゅう高原ユースで知り合った富岡夫妻のお母さんでした。
そろそろフェリーで沖縄向かってるぐらいかなあ。と思って何となく電話してみた。ということで、
まさにその通り！と手を打ち(このブログのことは言ってなかった)、
後々まで気に掛けてもらってることに感謝しました。


阿蘇で、次熊本県に入るとき、良かったらうちに寄っていきなさい。と言ってもらっていたので、
実は、合志市の富岡夫妻宅に１２月２１日に赴いていました。
(そこで当初連絡が付かなかったカクジから電話があり、２日かけて佐世保にとんぼ返りしたわけですが、そんなルートの錯綜は別にいいとして)
そんなこんなで少しタイミングが合わず、
ブログには合志訪問のことは書かずに進んできて、
それが九州の心残りではありました。
するとフェリーに乗り込んだところでこの電話。
タイミングを得させてもらいました…！


１２月２１日は朝から土砂降りの雨でした。
２２日は先方の都合が悪いらしいので、今日行かねばならない。雨中の走行です。
防府のオマール家を訪ねたときもこんなだったなあ、と思い返したりしながら、
土砂降りゆえ、濡れるのはもう完全に諦めて、走りました。
阿蘇で、家の位置と行き方を詳しく聞いていて良かった。
地図も携帯電話も容易に出せないし、道を聞く通行人もいない。
若干迷いながらも、記憶を頼りに目印を一個ずつ通過して、
「５軒ならんだうちの真ん中の家」にたどり着くと、
寒い中、お父さんが玄関先に出て待っているではないか！
「そろそろかな思てね、しかしあの説明でよう来れたっちゃんねー」


オアシスに到着した砂漠の隊商の気分で、
沸かしてくれていた五右衛門風呂で体を暖めます。
薪です。気持ちよくて面白くて、危うく僕も釜茹でになるところでした。


富岡夫妻は、後で見に行きましたが、畑で色んな野菜を作っています。
スーパーに行っても、野菜コーナーにはまず行きません。
自分のところで採れる野菜と近所のところで採れる野菜で、全部まかなえるそう。
食卓に並んだ料理の中心は自分ちの野菜です。
例えば味噌汁は、大根、人参、里芋、葱…、味噌も原料の大豆からして自家製でで、水も井戸水なので、おおパーフェクト。
合志の土の味がする素朴な味噌汁が、しみじみ美味しかったです。


夜は、近くに住む娘さん夫婦もやってきて、
４年生を筆頭に３人のお孫さんと１匹の犬が暴れ回る「体育館」と化した富岡家。
爺さんと婆さんと父ちゃんと母ちゃんと、孫、孫、孫、犬。
客人は、
大人と酒を飲もうとすると子供が放っといてくれないし、
子供と遊んでいると大人が呼んでくれるし、
犬にも犬好きが伝わって大いに甘えてくるし、
客人の幸せというものを思い切り感じていました。


僕をうちに招き、よくしてくれるのには理由がありました。
お母さんは、若い頃、僕のように各地を旅して回っていたことがあるそうです。
そのとき世話になった人に、


「もう私は恩返しできないから、「次の人」に、ね」


こういう発想がふつうに出て、そしてその通りに行動できるお母さんを僕は尊敬します。


…
夜遅く、夫妻の旧い知り合いらしい「田中さん」からいきなりの電話がかかってきた。
用がある電話じゃなさそうだったが、
お母さんはしばらく明るく話し、もう床に就いていたお父さんを、声を上げて呼んだ。
しかし酔って寝ていたお父さんはそれに応じなかった。
翌朝、お母さんは怒っていた。
夜中に変な電話をよこした田中さんに、ではない。起きてこなかったお父さんに、である。
「あんた人ば大事にせんで何の為に生きとるとね！」
頭を掻くお父さんと目が合って、笑ってしまった。
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